人生においてお墓に足を運ぶことは何度かあるかと思いますが、実際に購入をするとなるといかがでしょうか?
お墓の購入なんて考えたことが無いという人が多いですが、基礎的な知識は知っておく必要があるのです。 お墓の敷地を確保してまだお墓が建てられていないような場合には、納骨室で遺骨を保管しておくことも可能です。
地上には角柱塔婆の正面に戒名、そして側面や裏面に俗名と生没年月日を予め書いておきます。お墓を建てるのは四十九日に間に合わない時には、一時的にお墓管理者やお寺に遺骨を預かってもらうこともできます。
これは決して仏教の教えに反していることではなく、問題ないやり方となります。仏教ではこれまで、四十九日までに納骨をするのが慣習となっていました。
しかし都市部などにおいてはお墓を建てるお墓が見つからなかったり、建墓に間に合わないこともよくあるのです。

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お墓を建てることが出来ない時もあるブログ:2019-05-21

祖母が最初に倒れたのが一昨年の暮れで、
それから2ヶ月とたたないうちに二度目、病名は脳梗塞だった。

医者からは二度目はないといわれていたが、
それでも両親と見舞いに行ったミーに向けて、
祖母はやつれた顔で微笑んでくれた。

倒れたのはパパ方の祖母で、
つまりミーのパパのお母さんになるわけだが、
当のパパは少しだけ病室に顔を出すと、
すぐにまた廊下に置いてあるソファーに戻ってしまう。

お母さんは少し呆れていたが、
ミーにはパパの気持ちが良くわかった。

ミーも本当は
ここには来たくなかったのだ。

祖母は大変元気な人で、
脳梗塞で倒れるまで、連日畑仕事に精を出していた。

お正月などに顔を出しに行くと、
こっちが困ってしまうくらいの笑顔を向けてくれる。

ミーの中で、
祖母はずっとそういう人だった。

だからこそ、ミーは嫌だった。
やせ細り、言葉を詰まらせ、家族の名前も思い出せない、
そんな祖母を見るのがなんだか申し訳なかった。

それではまるで病人じゃないか。
祖母は病人であってほしくなかったのだ。

ミーは、
居心地の悪さを感じていた。

それを隠すために
ミーはずっと微笑んでいようと決めた。
祖母になにも出来ないミーは、
それくらいしかできなかった。

祖母はそんなミーを見ていてくれたのだろう、
帰りがけに一言だけ
「笑顔が素敵な子になったね」
そうミーに言って笑った。

ミーはただただ申し訳なくて、
やはり微笑むことしかできなかった。

祖母が亡くなった日の17時遅く、
パパは泣いていた。
いつも寡黙で何事にも動じないかのように見えたパパが、
大声で泣いていた。

それをミーは部屋で聞きながら
人が死ぬということの意味を知り、
そして家族というものを思った。